共通教育とエコナ
3か月ほど空いてしまいましたが。
今年の共通教育の教養科目では、食品の安全性に関する話題を扱っています。花王のエコナに関して調べなさい、といったレポートを課題にしたところ、典型的には
1.健康食品に発がん性物質がはいっていたなんて、けしからん
2.よくよく調べてみたら、どうもたいしたことなくて騒ぎすぎのように思った
という感じの感想。そうした中で、1日27kgまでは安全とか、270gまでは安全とか、ぎょっとするレポートが3件。
引用先が書いてあって
有機化学美術館・分館のエコナの件
~ここから引用~
整理しておきますと、グリシドール脂肪酸エステル(水色)には発ガン性はないと考えられます。またグリシドールは、Fischerラットと呼ばれるガンを発生しやすいラットに対し、体重1kgあたり37.5mgを投与するとガンを発生したとのことです。ヒトでは発ガン性が確かめられていませんが、このラットでの数字を適用すれば体重60kgの人が毎日2.25gのグリシドールを摂取するとガンを発生することになります。
エコナに含まれるグリシドール脂肪酸エステルの濃度は370ppmだそうですので、ガンを発生するために必要なエコナの摂取量は1日約6kg、ざっと一升瓶4本分を飲む必要があるということになります。実際にはこういう食生活を送っている人はあまりいないのではないか、と思います(もし計算が間違っていたらご指摘下さい)。
(追記:計算を思い切り間違ってました。グリシドール脂肪酸エステルは分解してグリシドールになると、分子量が約1/4.5になります。このppmは重量比であるので、これを計算に入れると27kg、一升瓶18本分ということになるかと思います)
もちろんラットとヒトは違いますから、通常こういう場合動物実験で得られたデータに100倍の安全係数をとることになっています。であるとすると1日60g(訂正:270g)ですから、絶対安全とは言えないかも、というラインになります。まあこれだけ油をとっていたら、いくらエコナが脂肪になりにくくても、ガン発生以前に何か重い病気にかかるのではないかと思いますが。
~ここまで~
薬作り職人のブログのエコナ問題で、花王に足りないもの。
~ここから引用~
a)動物実験から想定される、ガンを発生するために必要なエコナの摂取量は1日27kg、一升瓶18本分。
b)ヒトと動物との間で発がん性に差がある危険性を考え、この100の1量(安全係数)を考えたとしても1日270g。
1日270gエコナをとることは、おそらく普通の生活ではないでしょうから、実質エコナの安全性には問題はないという結論になります。
~ここまで~
でした。
実は、この議論、思い切り間違えています。
何を間違えているか、有機化学美術館・分館にコメントを入れておきましたが、「体重1kgあたり37.5mgを投与するとガンを発生」というのは摂取して害が発生するミニマムを示す量では無いということです。
実際に食品安全委員会の資料のうち当日厚生労働省配布資料[PDF]を見ると、体重1kgにつき37.5mg投与すると生存率が著しく低下し、組織検査で腫瘍が確認されたといった内容の報告がなされています。「生存率が著しく低下」する量を基準に、「ガンを発生するために必要なエコナの摂取量は1日約6kg」と関連付ける、あまりに乱暴です。
20mgでも発がん性ありという報告はありますが、これより少ない投与量でどうなるのかのデータはありません。どのくらいの投与量なら大丈夫と言い切れるか、そういった数値は現時点で人間は持っていません。グリシドールの発がん性は、エポキシ基の開環付加によるDNA損傷と考えられますので、そうすると無毒性量は定義できません。どんなに少量にしても一定の発がんの可能性は残ります。
この次の委員会のDAG 評価書の修正に関する意見によれば、グリシドールのリスクは暴露マージンで考えるべき、という考え方が示されています。
グリシドールについては、仮想的ながらBMDL10を10.2/2.5=4mg/kg と算定。つまり、実験結果をもとに外挿して危険度を推定した、それで行くと、ラットに4mg/kgの摂取をさせると、ガンになる可能性は10%程度ということです。これに対してどれだけの安全性を見越すか、というのが暴露マージンの考え方です。
10000倍の暴露マージンを取れば健康上の危惧が心配されない、これが科学的な安全性の基準になりますから、グリシドールで言うと、一日摂取量0.4μg/kg以下が基準となります。
体重50kgとすると、20μgの摂取。「K 社報告の370ppm のグリシドールエステルから生成するグリシドールは分子量から約80ppm と概算」するとエコナ1g中にグリシドールは80μg含まれます。エコナしかグリシドール摂取源がないと仮定しても、0.25gが安全の最大摂取量ということになり、日常的に食する食品の摂取状態を考えると一定程度の危険性は示唆されることになります。
すなわち、毎日10gのエコナを摂取しているとすると、グリシドール摂取量は0.8mg(800μg)。体重50kgで割って0.016mg。ラットで10%がガンになると推測される4mg/kgに比べると250分の一程度となって、安全というには、かなり微妙になる、そう判断される量になります。
ただし、グリシドールのBMDL10を4mg/kgとすることの妥当性についての不確実性、グリシドール脂肪酸エステルが体内で100%グリシドールに代わってこれがすべて摂取されるわけではない、ということと、人とラットの種の違いが正に出るのか負に出るのかわからない、ということで、追加の検証がなされている、そういった現状だと思います。
はてなブックマークでも、間違いの指摘がないようなので、念のため指摘しておきます。
今年の共通教育の教養科目では、食品の安全性に関する話題を扱っています。花王のエコナに関して調べなさい、といったレポートを課題にしたところ、典型的には
1.健康食品に発がん性物質がはいっていたなんて、けしからん
2.よくよく調べてみたら、どうもたいしたことなくて騒ぎすぎのように思った
という感じの感想。そうした中で、1日27kgまでは安全とか、270gまでは安全とか、ぎょっとするレポートが3件。
引用先が書いてあって
有機化学美術館・分館のエコナの件
~ここから引用~
整理しておきますと、グリシドール脂肪酸エステル(水色)には発ガン性はないと考えられます。またグリシドールは、Fischerラットと呼ばれるガンを発生しやすいラットに対し、体重1kgあたり37.5mgを投与するとガンを発生したとのことです。ヒトでは発ガン性が確かめられていませんが、このラットでの数字を適用すれば体重60kgの人が毎日2.25gのグリシドールを摂取するとガンを発生することになります。
エコナに含まれるグリシドール脂肪酸エステルの濃度は370ppmだそうですので、ガンを発生するために必要なエコナの摂取量は1日約6kg、ざっと一升瓶4本分を飲む必要があるということになります。実際にはこういう食生活を送っている人はあまりいないのではないか、と思います(もし計算が間違っていたらご指摘下さい)。
(追記:計算を思い切り間違ってました。グリシドール脂肪酸エステルは分解してグリシドールになると、分子量が約1/4.5になります。このppmは重量比であるので、これを計算に入れると27kg、一升瓶18本分ということになるかと思います)
もちろんラットとヒトは違いますから、通常こういう場合動物実験で得られたデータに100倍の安全係数をとることになっています。であるとすると1日60g(訂正:270g)ですから、絶対安全とは言えないかも、というラインになります。まあこれだけ油をとっていたら、いくらエコナが脂肪になりにくくても、ガン発生以前に何か重い病気にかかるのではないかと思いますが。
~ここまで~
薬作り職人のブログのエコナ問題で、花王に足りないもの。
~ここから引用~
a)動物実験から想定される、ガンを発生するために必要なエコナの摂取量は1日27kg、一升瓶18本分。
b)ヒトと動物との間で発がん性に差がある危険性を考え、この100の1量(安全係数)を考えたとしても1日270g。
1日270gエコナをとることは、おそらく普通の生活ではないでしょうから、実質エコナの安全性には問題はないという結論になります。
~ここまで~
でした。
実は、この議論、思い切り間違えています。
何を間違えているか、有機化学美術館・分館にコメントを入れておきましたが、「体重1kgあたり37.5mgを投与するとガンを発生」というのは摂取して害が発生するミニマムを示す量では無いということです。
実際に食品安全委員会の資料のうち当日厚生労働省配布資料[PDF]を見ると、体重1kgにつき37.5mg投与すると生存率が著しく低下し、組織検査で腫瘍が確認されたといった内容の報告がなされています。「生存率が著しく低下」する量を基準に、「ガンを発生するために必要なエコナの摂取量は1日約6kg」と関連付ける、あまりに乱暴です。
20mgでも発がん性ありという報告はありますが、これより少ない投与量でどうなるのかのデータはありません。どのくらいの投与量なら大丈夫と言い切れるか、そういった数値は現時点で人間は持っていません。グリシドールの発がん性は、エポキシ基の開環付加によるDNA損傷と考えられますので、そうすると無毒性量は定義できません。どんなに少量にしても一定の発がんの可能性は残ります。
この次の委員会のDAG 評価書の修正に関する意見によれば、グリシドールのリスクは暴露マージンで考えるべき、という考え方が示されています。
グリシドールについては、仮想的ながらBMDL10を10.2/2.5=4mg/kg と算定。つまり、実験結果をもとに外挿して危険度を推定した、それで行くと、ラットに4mg/kgの摂取をさせると、ガンになる可能性は10%程度ということです。これに対してどれだけの安全性を見越すか、というのが暴露マージンの考え方です。
10000倍の暴露マージンを取れば健康上の危惧が心配されない、これが科学的な安全性の基準になりますから、グリシドールで言うと、一日摂取量0.4μg/kg以下が基準となります。
体重50kgとすると、20μgの摂取。「K 社報告の370ppm のグリシドールエステルから生成するグリシドールは分子量から約80ppm と概算」するとエコナ1g中にグリシドールは80μg含まれます。エコナしかグリシドール摂取源がないと仮定しても、0.25gが安全の最大摂取量ということになり、日常的に食する食品の摂取状態を考えると一定程度の危険性は示唆されることになります。
すなわち、毎日10gのエコナを摂取しているとすると、グリシドール摂取量は0.8mg(800μg)。体重50kgで割って0.016mg。ラットで10%がガンになると推測される4mg/kgに比べると250分の一程度となって、安全というには、かなり微妙になる、そう判断される量になります。
ただし、グリシドールのBMDL10を4mg/kgとすることの妥当性についての不確実性、グリシドール脂肪酸エステルが体内で100%グリシドールに代わってこれがすべて摂取されるわけではない、ということと、人とラットの種の違いが正に出るのか負に出るのかわからない、ということで、追加の検証がなされている、そういった現状だと思います。
はてなブックマークでも、間違いの指摘がないようなので、念のため指摘しておきます。
by river_paddling
| 2009-10-29 19:07
| 大学での事